2007年06月02日

ベラボーな生活─禅道場の「非常識」な日々:玄侑 宗久

ベラボーな生活―禅道場の「非常識」な日々ベラボーな生活―禅道場の「非常識」な日々

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芥川賞作家でもある著者が、京都の天龍寺というところで修行した3年間を綴ったエッセイ。どうやって入門するのか、入門するとどんな生活をするのかなどが、体験談とともに短く書かれています。気軽に読めました。

印象深かったのは、禅があまり熱心に布教活動を行わなかったのは、実践する僧侶たちの立ち居振る舞いそのものが布教につながるとの確信があったからではないか、という話。「無意識に出る仕草や眼差し、食事をする姿などに自然な布教を託していたのでは」と。

また、師匠である寺の住職には数多くの来客があり、中には「イヤなヤツ」と思う客もあるのを、なぜそんな人と師匠は付き合っているのかと思っていた著書に、師匠が言うには「いい人などこの世にはいない。私の前でいい人になるだけだ」と。なるほど。イヤな人がいるということは、自分がイヤな人になっているということか。自分がいい人であれば、人もまた自分の前ではいい人になるのか。

軽く読める中にもハッと思わされることがあり、怠け者の私には少し薬になった…かな?
posted by ちー at 13:11| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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